戦争の爪跡・サラエボのボブスレー会場と廃墟の城へ

セルビア・ヘルチェゴビナでは1984年に当時ユーゴスラビアだったサラエボで冬季オリンピックが開催されました。現在のボスニア・ヘルチェゴビナ、セルビア、クロアチア、スロベニア、モンテネグロ、コソボがユーゴスラビアでした。
この時代は人々は平和で仲良く過ごしていたのですが、ユーゴスラビアを統治していたチトー大統領がなくなり、各地で独立運動や民族間の対立が始まり、ユーゴスラビア紛争と呼ばれるこの地域全体の紛争となりました。ボスニア・ヘルチェゴビナでも紛争が1992年から1995年まで勃発しました。この戦争は世界第二次世界大戦後のヨーロッパで最悪の紛争と呼ばれるほど多くの人が犠牲になりました。

オリンピックで使用された施設は戦地化され、現在でもその痕跡を見ることができます。サラエボには戦争の爪跡が沢山あるのですが、その一つにオリンピックでボブスレー会場だった場所が、殺し合いの場所になり、銃の弾痕が沢山残っています。

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今回はボブスレー会場への行き方とその様子、そして偶然見つけてしまったお城という名の廃墟の様子をお伝えしたいと思います。

ボブスレー会場への行き方

ボブスレー会場へ行くには車かケーブルカーで行くことが出来ます。
私はケーブルカーを利用しました。

ケーブルカーの料金は以下の通りです。

片道15マルカ(約990円) *1マルカ=約66円

往復20マルカ (約1,320円)

地元の人だと6マルカぐらいで登れますが、観光客だと一気に高くなります。まあ、仕方ないですね・・・

ケーブルカーの乗り場は、Polazna Stanicaと入れたらヒットすると思います。

入り口はこんな感じです。

ケーブルカーからはサラエボの街並みを見渡す事が出来、キレイです。

終着地点からボブスレーのレールまでは歩きます。

見にくいですがボブスレーのレールは地図の点線の部分です。(赤ピンは後程お話する、廃墟の場所です)

点線部分を目指して歩いていると、、、見えて来ました!ボブスレーのレール!

レールには落書きや苔が沢山ありオリンピック後放置されているのが分かります。

よーく見ると弾痕がたくさん😳😳

ボブスレーのレールは頑丈に作られてるため、銃撃戦の時に身を隠すのに最適だったようです。なので、ここはドンパチするにはうってつけの場所だったということです。

更に奥にすすむと、Bistrik kura というお城が地図上に現れたので行ってみる事に。

あまり人が歩いていないのか道はジャングル化していて、真昼でしたが1人だと少し怖かったです。。。

そして、いよいよ見えて来ました!

ん????

お城って書いてあったのでお城を想像していたのですが、完全にただの廃墟!!!

壁には弾痕たくさん…

見るからに怖いです。

せっかく歩いてきたので中に入ってみます。。

遺跡とか古い建物にたくさん今まで入ってきましたが、最近銃撃戦があったのが分かる建物に入るのはむちゃくちゃ怖いです💦

恐る恐る入ると中もかなりボロボロで、最近まで使ってたであろうトイレとかもありました。。

もう一つの建物にも行ってみます。(向かって左側の建物)
近くで見ると余計に怖い。。。そして銃弾の後がひどい・・・・

階段がギリギリ残ってたので登ってみます。

昼間ですが、霊がいそうで怖い。。。

写真だけ撮ってすぐ退散しました。

廃墟がお好きな方は是非行ってみてください(>_<)

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